医工連携の最前線 医療機器ビジネスに挑むパイオニアたち

INNOVATOR
新たな機器を医療現場に届けるイノベーター
日本らしい、優しい製品を世界へ。グローバル人材と共に世界各国へ展開する。
株式会社メトラン 代表取締役社長
中根伸一氏

日本製HFO人工呼吸器の海外展開

㈱メトランは、小規模な企業でありながら、新生児の命を救うHFO(High Frequency Oscillation:高頻度振動換気法)人工呼吸器をはじめとした、高い開発力を多方面から評価されている。医工連携事業化推進事業(旧:課題解決型医療機器等開発事業)で採択されたピストンHFO/IMV新生児小児人工呼吸器「Humming Vue」は、世界17カ国で販売されている。同社では、設計当初から海外市場で機器を販売することを前提に製品仕様を検討し、グローバル人材とともに各国の規制に対応できる医療機器開発を行う。自社では対応が難しい国内外の販売網、アフターサービス体制は、日本光電工業㈱が支えている。販売パートナーと連携し、日本らしい、患者に優しい医療機器を世界に届ける。

事業化成功のポイント(海外展開)




本社所在地 埼玉県川口市川口2丁目12番18号
従業員数 42名(2017年8月時点)
提供製品 HFO人工呼吸器、持続的自動気道陽圧ユニット、酸素濃縮器、動物用医療機器
沿革
  • 1984年 「株式会社メトラン」設立
  • 1984年 高頻度人工呼吸器ハミングバード開発、製造
  • 1988年 高頻度人工呼吸器ハミングⅡ開発、製造
  • 1993年 高頻度人工呼吸器ハミングⅤ開発、製造
  • 2006年 新生児・小児用高頻度人工呼吸器 ハミングX を開発・製造
  • 2010年 「課題解決型医療機器の開発・改良に向けた病院・企業間の連携支援事業」採択
  • 2011年 日本光電工業㈱と業務提携、人工呼吸器の販売契約締結
  • 2012年 「ものづくり中小企業・小規模事業者試作開発等支援補助金」採択
  • 2013年 「課題解決型医療機器等開発事業実証事業」採択
  • 2015年 新型人工呼吸器「Humming Vue」国内販売開始

販売パートナーとの連携。
良い製品でも使ってもらわなければ意味がない。
従業員約40名、小規模な企業では 開発力があっても製品を売ることができない。販売パートナーとの連携が事業を支える。

㈱メトランは1984年の設立以来、30年に渡ってHFOによる人工呼吸器の開発を続けており、高い開発力を持った企業だ。グッドデザイン賞や「ものづくり日本大賞」経済産業大臣賞の受賞だけでなく、天皇陛下のご行幸を賜っている。しかし、従業員は40名程度であり、高度医療機器を提供する上で不可欠なアフターサービスを自社ですべて担うことは難しい。さらに、新生児用の人口呼吸器は重要であるがニッチ市場のため国内市場だけでは限界があり、事業を拡大するには海外市場に展開するほかない。同社は、「医療現場のニーズに応える良い製品を作ったとしても、使ってもらわなければ(売れなければ)意味がないのだから、販売後のアフターサービスまで提供する必要がある。」という考えから、全国に拠点を持つ日本光電工業㈱と独占販売契約を結んだ。人工呼吸器はヒトの命に関わる機器であるため、特に故障時の即時対応力が求められる。日本光電工業㈱の拠点に代替品を置いてもらえば、何かあってもすぐに対応することができる。海外展開においても、日本光電工業㈱の海外拠点がサービス提供できる体制となっている。このような販売パートナーとの連携が㈱メトランの事業を支えている。

技術のこと、製品のことをよく知る代理店がいるか、メンテナンス、アフターフォローができるか、海外の競合他社を含めた市場規模、言語対応(取扱説明書、画面等)と、海外展開において検討すべき事項は多く、時間もかかる。『アフターサービスも含めて、「どのように売るのか」を考えておくことが重要』だという。

初めから海外展開を想定した開発。
製品の仕様書は初めから英語で作成。豊富なグローバル人材のおかげで海外展開のハードルは低い。

創業者の新田氏(Tran Ngoc Phuc、現会長)はベトナム出身であり、中根氏もカナダ育ちで米国の大学院を修了している。「関東地域における人材戦略ベストプラクティス集 第2号(平成25年度版)」では「海外人材活躍企業」として取り上げられており、外国籍の社員3名、日本国籍を取得した海外出身者2名、日本国籍で海外育ちの社員1名(平成27年8月時点)と、㈱メトランはグローバル人材が豊富だ。同社の従業員にとって海外市場への心理的なハードルは低く、言語対応も問題にならない。CEマーク等を申請する際のドキュメントも自社で作成でき、製品の仕様書は最初から英語で作成している。

製品開発においても、設計段階から海外市場を前提に進める。設計後に、国によって異なる法律や規格に対応するための仕様変更を行うことはできないからだ。製品に対するニーズも各国で異なる。日本では何より質の高さが求められるが、海外では必ずしもそうではない。例えば在宅医療機器の場合、レンタルが主流で部屋が狭い日本では多少価格が上がっても軽さを求めるが、個人購入が主流で部屋が広い米国では重くても安ければ買ってもらえる。逆に軽くても高価な製品は売れないのだ。「日本は、医療機器でもガラパゴス化している」と中根氏は言う。『「日本市場向けに開発した製品を海外市場でも販売する」ではなく、最初から海外を見据えて開発しなければ海外で売ることは難しい。』はじめから世界市場を視野にいれている企業でなければ、17カ国もの国に進出できないのだ。

他国が主導した規格に対応するのではなく、規格を作る側に立つ。
日本の想いを入れたHFOの規格をつくるため、ISO規格の検討に委員として参加する。

㈱メトランは一般財団法人日本医療機器工業会と協力し、HFO人工呼吸器のISO規格策定を目指している。中根氏は委員として作業部会に参加しており、「日本企業や医療の現場の想いを入れた規格にしたい」と意気込む。日本の医師も日本主導の規格策定に大きな期待を寄せている。現在はドラフト作成段階であり、本年度規格の申請をすることが目標だ。

通常、日本の医療機器はISO規格に合わせて製品を開発している。特に人工呼吸器の場合、規格によって製品仕様の8~9割が決定してしまうため、標準化の主導権を握れるか否かが開発に大きく影響する。製品仕様を左右する規格に自社の意向を反映させるため、海外メーカーはISO規格検討を専門にする従業員を抱えている。規格ができた段階で、すでに海外メーカーに有利な市場環境が形成されてしまうのである。
このような「規格戦争」において同社は海外メーカーを相手に戦っているのだ。規格を巡る戦いに挑む企業だからこそ、海外の規制・制度に対する知見は非常に深く、最新の情報も時々刻々と入ってくる。世界の状況をリアルタイムで把握していることも㈱メトランが海外で勝負できる理由の一つである。

日本らしい製品を世界へ。
リスクの高い領域であるが、これからも患者に優しい製品を作り続ける。

人工呼吸器は、ヒトの命に直結するだけでなく、開発に2~3年を要する複雑な医療機器であるため、中小企業にはリスクが高い。しかし、㈱メトラン以外にクラスIIIの呼吸器を製造する企業は日本になく、同社が製造をやめれば、新生児の命を救う人工呼吸器はなくなってしまう。新生児のために開発を始めたHFO技術は、より負荷の少ない人工呼吸器として成人領域にも進出しており、㈱メトランの製品を必要とする患者はこれからさらに増加していくだろう。新田会長の心を受け継ぎ、世界中の患者の命を救うため、㈱メトランは今後もリスクを恐れずHFO人工呼吸器の開発を続けるという。

中根氏は今後のビジョンについて、「呼吸関連の装置開発はとても難しい。ただ呼吸させるだけではなく、呼吸のしやすさの改善や、患者のQOLの向上を実現したい。30年間培ってきた技術力をアピールして、日本らしい、患者に優しい製品を世界に届けたい。」と語る。

中根 伸一
株式会社メトラン 代表取締役社長

カナダ在住であったが、米国の大学院への留学前にメトランでアルバイト。
スタンフォード大学大学院で修士課程を修了(電気工学)後、米国にて経営コンサルティング企業、IT関連企業を経て2005年に㈱メトラン入社。
㈱メトラン入社は、中根氏の大学院時代の睡眠時無呼吸症候群用治療機器(CPAP)のアルゴリズムに関する論文をみたフック現会長から誘いを受けたことがきっかけ。同研究はいま、メトランの持続的自動気道陽圧ユニット「JPAP」、「ジャスミン」に活かされている。